株式会社エスアールエス、スガヤ

エスアールエススガヤ

[業種]大分類:パルプ・紙・紙加工品製造業 小分類:加工紙製造業

会社紹介 PICKUP特集

一時は消えかけた伝統のうるし紙を現代に生かす。

うるし紙の良さを新たな使い方の提案で見せ続ける

エスアールエス、スガヤは、あと3年で創業100年を迎えるうるし紙の専門メーカーです。うるし紙というのは、細かい模様や絵柄をエンボス(型押し)加工した紙に、漆そのままの風合いやコーティング機能を持つ塗料を塗ったもので、現在これを製造できるのは同社を含めて2社しかないそうです。
創業した大正時代は実際に本漆を紙に塗ったものの製造していましたが、本漆は扱いの難しさやかぶれなどの問題がありました。そのため、同社が設立された昭和22年頃には、本漆に近い仕上がりが得られる「カシュー」や「アルキッド樹脂」を使うようになっていたといいます。
うるし紙は見た目にも高級感があり、型押しから染めまで職人が1枚1枚手作業で作り出す伝統工芸の味わいがあります。かつては主にハイグレードな洋服、バッグ、靴といった商品の箱に使われたり、卒業証書の丸筒など特別な物の収納ケースに使われていました。今でもそれは変わりがありませんが、菓子、鰹節、酒類、寿司などへと利用が広がり、全国に店舗展開するある老舗和菓子店ではほぼ半数の商品でうるし紙の箱が採用されています。 さらに現在の社長の代になってからは、うるし紙を使った自社製品の企画開発にも注力され、主流事業となるまでに成長を遂げています。開発した製品は手提げ袋、クラッチバッグ、文庫箱、カードケース、写真立て、ペントレー、ティッシュボックス、ご祝儀袋、扇子など実にさまざまです。
これらは、東急ハンズなどで販売されているほか、歌舞伎座など劇場の記念品としても販売され、墨田区内では江戸東京博物館、すみだ北斎美術館、-両国-江戸NORENなどで扱われているほか、ペンケースが墨田区の2016年成人式の記念品に採用されています。また、自社のネットショップを開設して幅広いユーザーの開拓を進めています。
丈夫で高級感のあるうるし紙製品は、長く使える地球にも優しい製品です。色やエンボスの柄も豊富に取り揃え、うるし紙の応用範囲が大きく拡がっています。



伝統工芸の技と新しい製品の提案を組み合わせる

  • 伝統の技と高級感

    うるし紙は伝統の技を受け継いで製造される伝統工芸品です。高級感があって丈夫で環境にも優しい、利用範囲の幅広い素材といえます。

  • 希少な作り手の1社

    うるし紙メーカーも現在まで残っているのは同社を含めて僅か2社。伝統の技を守りつつ新たな技術開発を加えて、新たな価値を生み出しています。

  • 柔軟な発想で製品開発

    過去のうるし紙にとらわれずに、自由な発想とアイディアでうるし紙製品を生み出しています。新しいうるし紙自体の開発にも挑戦しています。

伝説のレーサーが経営の苦しいうるし紙の会社を引き継いだ

うるし紙のスガヤが創業したのは大正時代。現社長、菅家安智氏の父の叔父さんが現在の所在地の隣で創業したということです。太平洋戦争を超えて昭和22年(1947年)、事業を継いだ父が現在地に工場をつくって会社を設立し、うるし紙製造技術の改良を重ねて現在の基盤を築きました。



その長い歴史が今も受け継がれているのですが、現社長の菅家氏が会社を引き継いだのは平成12年(2000年)、55歳になってからのことでした。
「子供の頃は工場で手伝ったりしましたが、その頃は住み込みの職人さんが20人以上もいました」
と話す菅家氏ですが、じつは、会社を継ぐつもりはまったくなかったと言います。2000年まで菅家氏がいたのは2輪とカートのレースの世界。それも、伝説のレーサーとして語られるほどのプロフェッショナルだったのです。
「高1で2輪レースで入賞していて、大学に入学して本格的にレースに出るようになりました。すぐにスズキから声がかかって専属レーサーとして契約しましたが、大卒の初任給が1万3千円ほどだった頃で月給が11万円でした」
と菅家氏は笑って若い頃を振り返ります。しかし、レース中の事故でのケガもあって6年でレーサーはやめ、スズキの依頼で自分のモトクロスチームをつくります。それが“SRSスガヤ”で、SRSとはスズキ・レーシング・サービスの略でした。SRSスガヤはその後カートフレームの開発・製作に進出し、自身もカートレーサーとして全日本カート選手権のシリーズチャンピオンに4回なっています。世界選手権にも参戦し、1979年ポルトガルのグランプリレースで日本人初のポールポジション獲得と5位入賞を果たし、82年にはアイルトン・セナとチームを組み世界選手権に出場しました。セナにレースで勝ったただ一人の日本人ドライバーです。
SRSスガヤは2輪レース用の部品開発・製造も行い、SUGAYAブランドのチャンバー(2ストロークエンジンのマフラー)がヒット商品となりました。現在もインターネットで高値取引されているヒット商品もあるそうです。

安定軌道に乗せることに成功、若い人に期待するうるし紙の次代

「うるし紙の会社のほうは父の後を継ぐ人がなくて、仕方なく継ぐことになりました。妻が、伝統のある大事な会社だからやるべきだという意見で、それで私も決心しました」
と菅家氏は、2000年にレースの世界からうるし紙製造へという180度の転換を語ります。うるし紙は洋紙印刷の安価な製品に市場を奪われ、伝統工芸品というだけでは生き残りが難しい時代になっていました。しかも、事情があって会社は大きな負債を抱えていたのです。そんな厳しい事業を菅家氏が引き継ぎました。
「銀行もバックアップしてくれたのですが、半年やって全然売れませんでした。銀行にもう無理だと話したところ、本店長が、うるし紙の事業はまだ残せる、1年間社長のやりたいようにやってみてくれと言うのです。妻も、絶対にやってみようということで、続けることにしました」(菅家氏)
そこで菅家氏が選んだのは、うるし紙を売るのではなく、うるし紙を世間に知らせる必要があると思いうるし紙を使用した製品(袋、コースター、箱)を作り、全国にいるレース時代の仲間に配って意見を聞きました。
「すると、応援する声が返ってきて、こんなのどうだという案もいろいろ出て手応えを感じました」
こうして、自社製品を開発して製造販売するという方向が決まり、アイディア製品の開発で徐々に成果が上がっていきました。さらに、大きな取引先の獲得にも成功します。
「2年目に老舗菓子店から、商品を召し上がった後も捨てられないような箱が欲しいという声がかかり、うるし紙の箱を提案したところ採用が決まったのです。採用の決まった商品の売り上げが180%になり以来当社の一番のお客様となっていただけました。」(菅家氏)
同社のうるし紙製造におけるコンセプトに、“捨てられない紙”を作るということがあるのも、こうした背景があってのことです。そして現在、会社の経営は安定し、うるし紙の需要も一定して推移しているといいます。
「今考えているのは、工場での製造工程でどのように不良をなくすかです。古くからの機械を使っていて、もう修理できる会社もありませんから自分で修理します。レーシングチームでチューニングや部品開発の経験もあるので、それが役立っています」(菅家氏)
10年前に紙の会社と合併し社名もエスアールエス、スガヤに変更し、自分自身の会社として育ててきました。負債も来年には完済できる予定です。今は姪と甥が工場を手伝っていて、いずれ娘達も手伝ってくれるということで、後継者の心配はないようです。将来についてはこう話しています。
「地方から引き合いがかかることも増えて、ニーズがあることを感じています。今は特に営業活動をしていませんが、経営の形を変えて営業に力を入れればもっと伸びるはずで、若い人が入ってトライしてくれれば可能性を広げられると考えています」 と菅家氏は若い人材の参加に期待をかけています。そして、最後にこう言っています。
「私は現在74歳ですが、今まで生きてきた人生にまったく悔いがありません。これは周りに居た人達に恵まれ自分のやりたいように物事をやらせていただいた事に感謝しかありません。レース関係の仕事をやめてしまった事は残念ですが、私が紙の会社を継いだお陰でうるし紙が無くならずにすみ、若い人達に引き継げるように出来そうなのが今は一番嬉しいです。」



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